カテゴリ: 日記
日付: 2026年10月1日
10月スタートの木曜日、久しぶりの晴れ間
おはようございます、木曜日だ。今日は10月1日で、ここから月初の作業が4、5日ほど続く。かなり忙しくなりそうだ。そう思うと気が重いが、空を見上げたら久しぶりに晴れていて、少しだけ気持ちが軽くなった。ここのところ雨ばかりだったので、青空を見るのは本当に久々だ。
昨夜はしっかり7時間ほど眠れたので、頭はすっきりしている。ただ、家を出る時間はいつもぎりぎりで、今朝もこの駅の、この電車に乗らなければ間に合わない時間に出てきた。もう少し早めに動けばいいのだろうが、早く出たら出たで、また生活のリズムが変わるのかもしれない。とりあえず今は、睡眠が取れているので、よしとすることにした。
家を出る時にゴミ捨て場のカバーを外そうとしたのだが、硬すぎて外れなかった。時間がなかったので、そのまま置いてきた。あとで誰かがやってくれることを願っている。
土地も家も、遠くても4000万、5000万で手が出ない
最近、土地や家をよく見ている。ただ、駅から遠い場所でも4000万円、5000万円という値段が並んでいて、払える気がまったくしない。どう頑張っても無理だと感じる。しばらくは賃貸で暮らすのが現実的だと思う。
それに、自分が今の仕事でいつ異動になるのかも分からない。そんな状態で家のことを考えるのも、少し気が早いのかもしれない。買ってから遠くに異動になったら、持て余してしまう可能性もある。当面は見るだけにして、貯金に回すのがよさそうだ。
後輩に話した妻の妊娠が、いつの間にか広まっていた
ここからが、今朝いちばん書いておきたいことだ。先日、他の拠点との若手交流会のような集まりがあって、仲良くなった後輩に、妻の妊娠と出産のことを話した。その時は軽い気持ちで、信頼して話したつもりだった。
ところが、まだ自分から話していない社内の人たちに、その話が知られていた。あとで聞いてみると、他の拠点から来ていた人たちが参加する飲み会の場で、僕が話したことがそのまま話題になっていたらしい。その場にいた人たちが、僕の妻が妊娠していることを知って、「聞いたよ」という感じで声をかけてきたのだ。
いずれは話すつもりだったので、広まったこと自体が大きな問題というわけではない。ただ、自分のタイミングで、自分の言葉で伝えたかったという気持ちは正直なところある。妊娠の話は、まず身近な人たちに順番に伝えていきたいと思っていたので、先に知られていたと分かった時は、ほんの少しだけ複雑な気持ちになった。相手に悪気があったわけではないのだろうし、祝福してくれる気持ちで声をかけてくれたのも伝わってくるので、そこは素直に受け止めたい。
口が軽い人は、信用されない
今回のことで改めて思ったのは、人をそう簡単に信用して、いろいろなことを話してはいけないということだ。他の人に言ってほしくないことは、最初から自分の口から出さない、というのが基本だと痛感した。
他人のことを軽々しく口にする人は、あまり信用されない。これは相手に限った話ではなく、自分にも当てはまる。もしかしたら自分も、気づかないうちに誰かのことを話してしまっているかもしれない。そう思うと、少し背筋が伸びる。
人の噂話をまったくしないというのは難しいし、雑談として楽しい一面があるのも事実だ。ただ、聞いた人が嫌な気持ちになるようなことは、やはり避けなければいけない。自分自身、わりと色々と開示してしまうほうなので、そのぶん、話す相手とタイミングには、これまで以上に気をつけていきたい。
【コラム】人間の会話の多くは、他人の話なのか
噂話について調べていたら、面白い研究が出てきた。イギリスの進化心理学者ロビン・ダンバーは、人間の会話の多くが、誰が誰と仲が良いか、誰が何をしたかといった社会的な話題で占められていると論じている。日本語の解説では「雑談の3分の2は他人の噂」と紹介されることが多いようだ。ただし、この割合は調査の方法や噂話の定義によって変わるらしく、記事によっては85%という数字を紹介しているものもある。正確な割合よりも、人間にとって噂話はそれだけ自然で身近なものだ、という点が大事なのだと思う。
ダンバーは、人間の言葉が生まれた理由のひとつとして、噂話が、猿の毛づくろいのように集団の絆を保つ役割を果たしてきた、という説を唱えている。噂話は単なる悪口ではなく、仲間の情報を共有して信頼関係を作るための道具でもあったというわけだ。
つまり、噂話をしたくなるのは人間として自然なことで、なくすことはできない。大切なのは、自分の話が「噂話のネタ」になり得ることを前提にして、何を誰に話すかを選ぶことなのだと思う。あと2日、今週も気を引き締めて頑張ろう。