「覚えておく」ということ
プロ奢られヤーさんがこんなことを言っていた。
かんたんにモテる方法が1つあって、それは「見た目をよくすること」ではなく、じつは「相手との会話を記憶しておくこと」なんよね。ひとって、結局「じぶんをちゃんと好きなひと」が好きなんよ。
これを読んで、そうだよなと思った。そして自分がやっていることと重なった。
飲み会の後、ボイスメモをする
飲み会が終わった後、帰りの車や電車の中でボイスメモを録ることがある。今日誰と話したか、その人がどんな出身で、どんな性格で、何を話していたか。帰り道のうちに記録しておく。文字起こしして残すこともある。
我ながらやりすぎかなとは思う。でも記憶力があまりないし、臆病で人見知りな自分がちゃんと人と付き合っていくには、これくらいやらないと追いつかないという感覚がある。
社会人になるまで、こういうことを意識したことがなかった。ラグビーをやっていた頃は、四六時中チームメイトと一緒にいた。合宿も遠征も練習も、気づけば友達が増えていた。特別なことをしなくても関係が維持できていたし、そもそも「友達を作る」という意識自体がなかったと思う。
妻と付き合い始めた頃も、記録していた
実はこれ、妻と付き合い始めた頃からやっていた。好きな食べ物、好きな場所、何気なく言っていた一言。話してくれたことを全部メモして覚えておいた。
「そんなことも覚えてくれてたの?」と妻がびっくりして喜んでくれることが、当時何度かあった。覚えていたから特別なことをしたわけじゃない。ただ、言ってくれたことを忘れなかっただけだ。でもそれだけで、嬉しそうな顔をしてくれた。
プロ奢られヤーさんの言う「自分のホントの部分が好きなのかも」という感覚は、たぶんこういうことだと思う。見た目でも条件でもなく、自分が話したことを大切にしてくれているという実感。それが人を動かす。
3年目まで、ほとんど誰とも絡まなかった
社会人になって最初の3年間、後輩もいなかったし、他の課の人たちとも交流しなかった。同期とほぼ飲みに行かなかった。それでも別に困らなかった。ラグビーのコミュニティがあったから。
変わったのは4年目に異動してからだ。後輩が増えた。飲み会に誘われることが増えた。最初は正直面倒だと思っていた部分もあった。でも行ってみると、仕事が確実にやりやすくなった。飲み会一回でその人との距離が縮まって、次の日の仕事の話がスムーズになる。それを体感してから、飲み会ってこういうことのためにあるんだなと思うようになった。行くだけじゃなくて、そこで話したことを覚えておく。それが大事だと気づいた。

おばあちゃんはずっと覚えてくれていた
「覚えてくれてた」という経験で思い出すのは、おばあちゃんのことだ。好きな食べ物を言うと、一生覚えていてくれる。白菜の漬物が好きだと言ったら、会うたびに出してくれた。コロナで大学が自粛になった時期、半年くらいおばあちゃんの家に居させてもらって、ずっとご飯を食べさせてもらっていた。その時のことは今でもよく覚えている。
親もそうだ。何気なく話したことを覚えていてくれる。それが嬉しかった記憶はたくさんある。自分もそういう人でいたいと、ずっと思っている。
深掘りされたくない人というのも、たまにいる
逆に、深掘りされたくない人というのもたまにいる。自分のことをあまり話さない人、表面的な話だけで終わらせたい人。それはそれで一つのスタンスだと思うけど、一緒にいてもあまり楽しくないなと感じることが多い。浅い、という言葉が正直なところだ。
覚えておくということは、相手に興味を持つということだと思う。興味があるから覚えられる。逆に言えば、覚えていないのは興味がないからかもしれない。そう考えると、ボイスメモで記録するのは少しずるい気もするけど、興味を持ち続けるための補助輪みたいなものだと割り切っている。
臆病で人見知りな自分が人と付き合い続けるには、これくらいやってちょうどいい。
